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私の事

少し空きましたね。


北海道のレスキューですが・


支援をしようと決めたのは

前代表の方と直接電話でお話をさせて頂き。

とてもハキハキとした対応に微塵の曇りも無かった事。

それにブログを拝見して(過去をずっと辿りました)

今までの活動内容に心を打たれたからです。


現在代表の方が変わられて

レスキューのホームページも閉鎖されるようです。

なので

ブックマークとバナーは外しました。




集まった支援金は現地に送金されています。


現地のわんこのお世話の為

今もボランティアさんは通われています


色々情報が飛び交っていますが。


過酷な生活からやっと抜け出そうとしているわん仔達。


その仔達の幸せを。それだけを願っています。


これから、何か現地からSOSが発信されて


直接の問い合わせに応えてもらえる状況になれば


協力しようと待っています。


一番大切なのはワン仔の幸せです。







何度か色々なお願いをこのブログに書いてきました

これからもお願いは続けます。


だけど


それには私を知ってもらう事。

そうしないと届かないですよね。


書いていない事があります。

長くなりますが、お付き合い頂けると嬉しいです。




子供の頃犬が居ました


もう40年位前ですね。


玄関で飼ってました


茶色の雑種で名前は「ブル」。

遊びに行く時「ブル行ってくる」と出かけていき

帰ると飛びついてきた事

うっすらと覚えています。

ご飯は私達と同じ物を母が持っていってました


散歩は

連れて行った事などありません

繋ぎっぱなしだったのか。

母がリードを持って歩く後ろ姿は記憶にあるのですが

それ位自然に

玄関=「ブル」でした。


猫もいました



小学校の低学年だったと思います

「あの辺りで子供を産んで貰い手を捜してる家がある」

という噂を頼りに一軒一軒訪ね歩いて

やっと見つけたんです。


忘れられない・・三毛猫の「みく」


待って待って・・やっともらってきて

ミルクをあげたり、ごはんをあげたり

ウンチがでないって心配で寝れなかった。


子供の頃

猫は家に閉じ込めるのはいけないって

信じていました


毎日外に遊びに行きお腹がが空くと帰ってくる

そんな毎日でした。


女の子だったので

母が獣医さんに.相談に行きました


「メスは一度は子供を産まないと精神が壊れる」

今では信じられないでしょうが

そんな事を言われて

一度だけ子供を産みました


産まれた子供は全て貰い手が見つかりました。

そして避妊手術を済ませました。


遊びに行き、ご飯を食べて

私の布団にもぐりこんできて一緒に寝るという

毎日を過ごしていたのです。


ある日


母が知り合いに

ペルシャを貰ってくれない?と.頼まれ

一匹のヒマラヤンがやってきて

いつのまにかもう一匹チンチラが増えていました


そこから

狂ってきたのか


♂と♀だったようで

当然子供が産まれます。


そして増えていきます



私の親はね


売ったのです。

ペットショップに子猫を全部


当時ペットショップに犬はいなかったと記憶しています

売っているのは猫でした


母曰く


「お金を出してまで欲しいと思う家に行くのが幸せだ」


3匹で5万・・その値段ははっきり覚えています。


子供でしたから

「なんでみくの子供は売れないんだろう?」

「なんでペルシャというだけで売れるんだろう?」

きっと深く考えていなかったのでしょう。


「みく」以外の雌は避妊をしなかった


初めに子猫と引き換えに手にしたお金

その瞬間に「家族」から「商品」に代わった

それなのに・・口を開けば

「家族やから」

「命あるものは大事にせなあかん」

「産んでもらって感謝せなあかん」




そんな日常を送るうちに

私はね

「人の善意が信じられない子」

「可愛げのない子」

「人の言葉の裏を探る嫌な子」

になっちゃいましたよ。


高校生になって


バイトのお金は母に渡していました。

それでも

相変わらず子猫だらけの家でした


お決まりのコースです

息子の事はいえませんね

ちょっとね

ぐれちゃいました。。


今の旦那と知り合い

交際そのものを反対されて


卒業を待って。

紙袋二つに身の回りの物を詰め込み

夜中に家を出ました。


その時に後ろから追いかけてきたのが


「みく」です。


「みく」は私が家に寄り付かなくなってから

近所のお家とを行ったり来たりしていて


いないとばかり思っていたのに・・


鳴きながら追いかけて来ました


「みく。家帰り」


お座りをしてじっと私を見ていました。


みくが家に入るのを見届けました。


それがみくを見た最後でした。


私が家を出た後


近所のお家の子になりました


それから長い期間可愛がって頂いて

「大往生でした」という連絡を頂きました。


感謝しています。

「いつでも会いにきてね」って言ってくれたのに

最後まで会いにいけませんでした。


私は「みく」を捨てたと思っていたけど


捨てられたのは「私」だったんじゃないかな






自分だけが不幸だと思っていました

こんな家嫌だって思っていました


親が嫌いで・

そのくせ何もしなかった私。


「ブル」は老衰で亡くなりました。


寝ているブルがいてバイクが出せなくて

「ブル~そこじゃま!」思えばそれが最後の言葉でした


「ブル」は幸せだったでしょうか?


ショップへ売られた子猫達は幸せだったでしょうか?


謝りたいとか、罪悪感とかを

持つ事さえ許されないのじゃないのか

書く事で許されてしまうと思う事。

楽になると思う事。

それが怖かった。


言い訳ですね。逃げていました。

もう消したつもりでいようと思っていました。


悪徳ブリーダーと呼ばれる人達は

発覚すると間違いなく「人でなし」「鬼」と言われます

間違いなくそうだと思います。


だけど・・


「家族」として暮らしているのに

産まれた仔と引き換えに「利益」というものを手にする


売った後はまた「家族」として暮らし続ける

違いがあるでしょうか?


目を背けていたけれど

全てを親のせいにしていたけど


「私は違う」と思い込んでいたけれど


売ったお金で手に入れた物で育ったのです

その事に気付いた時

「私も一緒や」って思いました。

だから。。

私は「優しい人」ではありません。


だけど・・


山梨のわんこに「ブル」を思いました。


ペットショップの犬。猫に

売られていった子猫を思いました。


ダクに噛まれて悩む時

「保健所に持ち込む飼い主」を思います。


ブリーダーの問題が発覚する度

そこのお家の子供さんを思います。


いつか自分を責めるようになります。


私のように

「人の善意を信じれない子」になってしまう


負の連鎖って動物だけじゃないのですね


私はダクと出会い そして、救われました。



「人って暖かい」という事も知りました


これからも


「勝手にお願い」はずっと続けます。


こんな私の書くことですが


一人でも伝えたい思いで


これからも頑張りますのでよろしくお願いします。



script_magicalmaker,http://www.magicalmaker.com/js/ameblo.js.php?upwh=1676763-1239369928-340-255






この寝姿に思う。


過去の私も私であって

今の私も私である


今の私をくれた「ダク」と「ブル」と「みく」


そして・・名もしらぬ子猫達へ


負の連鎖をなくしたい。



この記事を書き終えて・・・


楽にはなりませんでした。


もっと重くなりました。


だけど、続けたいと思う気持ちも

重くなりました



最後まで読んでくれて有難う。



















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コメント:


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6 ■Re:はなのおかぁちゃん様へ
>はなのおかぁちゃんさん
ごめんね~心配かけちゃうみたいやね?
大丈夫~♪さらけだしてスッキリしたよ。
過去は取り返せないって思うから前進あるのみ
まずは知ってもらう事が大切で、その上でこんな私の伝える事に耳(ブログやし目やけど)を傾けてくれる人が一人でも増える事を目指して
みんな幸せになって欲しいって・・
ダクは元気ですよ~フードが療養食に変わって
食べるか心配したけど・・
さすが「食いしん坊王子」ガツガツ食うよ♪
はなちゃんも良い感じで頑張ってますね~♪
黒ラブちゃんの元気さは魅力の一つなんだって
だからラブを愛する人は一杯いて
日本にも「ハッピーラブズ」ってゆ~レスキュー団体があるんだよ。関東地方がメインらしくてね・・関西の人がね「大阪支部」を作りたいって行動を起こしたってブログを見た事がある。
色々な協力があるけど「それぞれが出来ることを続ける」その集まりが不幸な仔を減らす一歩なんやって信じて。書くよ~♪
私はそれしかできないしね。
「噛んで吠える仔」でも可愛いよ~♪ってね
  • ダクママ
  • URL
  • 2009-04-12(日)11:37 [編集]
5 ■Re:じゅんこ様へ
>じゅんこさん
母を悪く書いてしまいましたが、認識の違いでしょうね。最後まで「お金持ちの家に行くのが幸せだ」って信じていたようです。
父猫が交通事故で亡くなって
母猫は最後は寝たきりになって母が看取りました。
猫がいなくなって、雑種の♂犬を引き取ってね
そのわんこは毎日散歩へ行って可愛がっていたようです。2年前に亡くなりました。
「家族やから」が口癖でした。家族は売れませんよね?だけど当時は無知でなにも知りませんでした。何かが心の中で溜まっていて・結局は「家を出る」とい形で逃げちゃいました。18でした。
今は両親に「もう絶対動物は飼うな」って言いつけています。
ダクの去勢に迷いが無かったのも「子供を産ませる」という事に他の人より嫌悪感があったからかもしれません。
私位の年代は真っ二つに分かれるように思いますね、気付く人。目を向けようとしない人。
かけがえの無い存在だって思って、その上で真実を知る事。その二つが合わさって初めて分かる事なんじゃないでしょうか?
いい年して恥ずかしいですけど。
私もダクと暮らしてから分かったのです。
全ての仔が幸せにと願う気持ちが広がるように願って止みません。
  • ダクママ
  • URL
  • 2009-04-12(日)11:11 [編集]
4 ■Re:バディーママ様へ
>バディーママさん
最近思うのね。
一般家庭からブリーダーに代わる人が多いんじゃないかって。。
少しずつ少しずつ増やしていって・・「命」ってゆ~感覚が麻痺してしまうんじゃないかって
それを見て育つ子供ってどうよ?って考えててね。
自分がそうかも?って・・可愛げのない子だったしね。
前しか見てないよ。どの仔も幸せに。。
  • ダクママ
  • URL
  • 2009-04-12(日)10:43 [編集]
3 ■無題
ダクママさん、いろいろあったのですね。
偉そうなことを言える立場ではありませんが、
辛いこと、悲しいことがあるから、
何気ない日常にたくさんの幸せを感じること
が出来るようになるのですし。

笑って一緒にがんばりましょう。
明日もきっと楽しいはずですよ~♪
  • はなのおかぁちゃん
  • URL
  • 2009-04-11(土)22:33 [編集]
2 ■無題
いろいろな過去があるから、今のママさんとダクくんの関係があるんですね。。。
書くのも辛かったでしょう。

こうおうのって、いつ「気づく」んでしょうね。この子が本当に大切だと、かけがえのないものだと思った時なんでしょうか?

昨日↑バティーママさんと長々お話しさせていただきました。その後代表とも話しました。
やっぱり不況の影響もあり、保護犬(動物)はまだまだ増えそうです。
ひとつの命でもしあわせになれるように願ってやみません。。。
  • じゅんこ
  • URL
  • 2009-04-11(土)08:57 [編集]
1 ■無題
何もしてやれなかったとの思いがあるから、今があるのね。
ママ様 私も前飼ってた犬を大事にしていなかったから今があるの
昔は、悪質なブリーダーがいなかったけど
一般家庭で子供の売り買いはあったみたいよ
でも、今はもっと最悪だ。
広めていきましょう
負の連鎖と深く思わず前見て進め
せめてはダメよ、頑張ってるじゃない

  • バディーママ
  • URL
  • 2009-04-10(金)23:27 [編集]

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ダクママ

Author:ダクママ
大阪でダックス2頭と暮らしてます。
びびりんダックスダクとど根性あやめとのゆるゆる~な精進日記です。

山梨わんこを応援してます。
山梨わんこチャリティーショップ
http://yamanasiwanko.cart.fc2.com/

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